長崎・ハウステンボス 3日目
10月23日から26日まで、ハウステンボスと長崎へ行って来ました。
1日目の記事はこちら、2日目はこちらから。

年を越してしまいましたが(^^;)昨年10月の旅行記事の続きです。
3日目、10月25日は前日とは一転して、最高気温は18度と肌寒い日になりました。

↑朝食は和食にしてみました。
火曜日には泊まり客もずいぶん少なくなっていましたけど、食事の量は前日と変わりなく並んでいましたよ。パンも食べたかったなぁ…。
食事の後はフリーゾーンを散歩。「オフィシャルホテル1DAYとくとくチケット」では2日間入場できますが、3日目のこの日は入れません。
名残を惜しむようにオレンジ広場をふらふら歩き回ってました。

↑総合売店シーブリーズ
9時になるのを待ちかねるように、売店に入ってお土産を物色。
チーズケーキやチョコレート、ちゅーりーちゃんやミッフィーの商品も置いてあります。
ハウステンボスでは、チェックアウトは11時までなんですが、ホテル・ヨーロッパでお茶していようと思い、10時までに荷物をまとめてフロントに向かいました。
ところで、この3日目は入場券がないので場内を通り抜けられないんですが、予定では列車で長崎まで行くことにしていたので、どうやってフリーゾーンにあるフォレストヴィラからJRハウステンボス駅へ行けばいいのか、ハウステンボスのサイトを見ていてもよく解りませんでした。
西肥バスが通っているから、駅へは行かないけど出国棟は通るのでそれで行くか……と思っていたんですよね。それと荷物のポーターサービスも、今のサイトには書いてないようですが、私が確認した時は「場内ホテル受付12:30から受け取り」と書いてあったんですよ。
11:45の列車に乗る予定だったので、それだと間に合わないし、荷物を抱えてホテル・ヨーロッパでお茶して、それから西肥バスか場合によっては場外を大回りして歩く……(´ヘ`;) う〜ん
とかなんとか考えて、10時頃にフォレストヴィラのフロントへ向かうと、入口で宿泊者の荷物を車に運ぶスタッフの方が「チェックアウトですか?お荷物をお運びします」と車を指して言うんですよ。受け取りは12時半からでは?と問うと、ちゃんと列車の時間に間に合うように受け取れるという……ついでに宿泊者専用バスも教えてもらいましたよ。

↑これはホテル・ヨーロッパの正面玄関にあった時刻表。
ホテル・ヨーロッパからウォーターマークホテルを通って、フォレストヴィラからぐるっと場外を大回りして入国出国棟まで、場内宿泊者は無料で乗れるんです。
いや~、ネットで解らなかったなら、フロントで訊いておけば良かったんですね~、@(;・ェ・)@/反省…
あの時、声をかけてくださったスタッフの方、ありがとうございました<(_ _)>
出国の仕方も解ったし、さて時間までゆっくりお茶でも……とホテル・ヨーロッパのアンカーズラウンジに入りました。

↑クロード・モネの「ポプラとポピー」を花で描いたもの。
ホテル・ヨーロッパでは季節ごとに花で飾られているんですよ。
アンカーズラウンジでケーキ~♪……と向かうと「準備中」の札がΣ(|||▽||| )
あれ?10時からですよね?えっ、11時半から?
営業時間は時期により異なることがあるんですって……orz
でもアンカーズラウンジの側にソファが並んでいて、そこでコーヒーを飲んでゆっくりすることができました。ソファは座り心地がとっても良かったですよ。
11:07のバスに乗って入国出国棟へ行き、場内ホテル受付で届けられていた荷物を受け取り、JRハウステンボス駅を目指しました。

↑11:36 橋の向こうにあるのがJRハウステンボス駅。左にある白い建物がホテル・ローレライです。
ハウステンボス駅の駅員さんが大変親切で、乗車券も2枚切符というものがあることを教えてくれて、その上ホームまで荷物を運んでくれました。
2枚切符というのは、JR九州の「割引切符のご案内」というところに記載されている2枚つづりの回数券なのですが、長崎~佐世保間が2600円で1枚あたり1300円なんですね。
つまりハウステンボス駅から長崎駅まで1430円のところ、2人で分けると1枚あたり1300円になるのでお得なんです。

↑11:45発の快速シーサイドライナー キハ66−11
大村湾を右に見て快適な旅でした。シーサイドライナーは気動車なんですね。
気動車といったら千葉ではいすみ鉄道や小湊鉄道で、はっきりいって辺鄙なところを走っているんですが、九州の気動車は主要都市間を走っていて乗客も多いのね。観光列車にも力を入れているし、とても素晴らしいですねぇ。
12:58長崎駅に到着しました。
先ずは、改札の近くにある総合観光案内所へ向かいました。
総合観光案内所での目的は、長崎空港でもらい損ねたANAスカイホリデーのクーポン「よかばい!博多・長崎クーポン」を受け取ることと、稲佐山へ行くことにしていたので、市内のホテル等を回遊する「無料循環バス」の整理券をもらうことです。指定のホテルの宿泊客でなくても乗車整理券があれば無料バスに乗れるんですよ。
ところが!
10月24日から31日まで運休だというではありませんか~~〜Σ(|||▽||| )
新しいゴンドラとの交換工事の為だそうです……orz
ANAのクーポンの内「フットワーク」クーポンは、稲佐山のロープウェイの往復に使おうと思っていたんですけど、運休では行けないので、路面電車一日乗車券に使うことにしました。路面電車の一日乗車券は長崎駅総合観光案内所で購入できますよ。
で、お昼ご飯をどこかで食べようと思ったのですが、思うようなところがなくて、うろうろしたあげく先にホテルに行くことにしました。

↑こちら長崎駅前の様子。この時点で14:13。
写真に写っているのは「3赤迫」行きですが、これから乗るのは「1正覚寺下」行きです。「築町」で乗り換えて「5石橋」行きに乗り、「大浦天主堂下」で降ります。
この日の宿泊はグラバー園に近い「ホテルマジェスティック」です。全室23室の小規模なホテルで、年季の入ったレトロな建物でした。
このホテル、チェックインが14時でアウトが12時と、他より1時間早かったり遅かったりなので便利だと思います。


↑あまり写ってないので分かり辛いかと思いますが、ベットの横に窓のような扉があるのですが、それを開けるとなんとバスタブでした。バスタブ側にはガラスがはまっているので湯気がベットルーム側にあふれてくる訳ではありません。
バスルームは洗面所とトイレが一緒になったタイプで、広々として清潔で素敵な内装でしたが、この窓には驚きましたわ。むか~し観た洋画にこんなふうな間取りがなかったかしら、なんとなくそんな気がします。

↑こちらは1階の食堂。

↑特典でケーキセット券をいただいたので、早速食べてみましたが美味しかったです。
お昼ご飯を食べてないので、これが昼食ということに。私はたまにケーキが夕飯変わりとか平気でしますのでノープロブレムですわ(^^;)
この後は、ホテルからすぐのところにある大浦天主堂とグラバー園へ行きました。

↑15:25 大浦天主堂正面です。

↑正面には日本之聖母があります。フランスより贈られたものだそうです。
天主堂の中は撮影禁止なので写真はありません。ガイドブックの写真より厳かな雰囲気なので、ずっと静かに向き合っていたくなる場所でした。
ここからグラバー園は、標識をたどっていくとすぐに入口があります。
グラバー園へ入園する為に、ANAスカイホリデーのクーポンの内「エンジョイ・ヒーリング」クーポンを1枚使いました。
グラバー園は丘の上に立つので坂道が多いのですが、上がる場合にはエスカレーターや動く歩道があるので、一気に一番高いところにある「旧三菱第2ドックハウス」まで行けます。

↑旧三菱第2ドックハウス

↑にゃんこがお水を飲みにきていました(=^・^=)

↑こちらは旧三菱第2ドックハウスの談話室です。

↑ドッグハウスの2階ベランダから見た風景。
地図で見ると向かいは三菱重工長崎造船所のようですね。

↑旧ウォーカー住宅
「この家の旧主は、イギリス出身の船長ロバート・N・ウォーカー(Robert Neill Walker 1851~1941)の次男、ロバート・ウォーカー・ジュニア(Robert Walker Jr. 1882~1958)です。彼は、明治中期に立てられたと考えられるこの建物を1915年(大正4年)に購入し、1958年(昭和32年)に亡くなるまで居住していました。その後、彼の妻シゲコ・メーベルが母屋の一部を市に寄贈し、1974年(昭和49年)にグラバー園に移築されてました。後略…」

↑こちらは旧ウォーカー住宅の応接室です。

↑祈りの泉
「この壁泉は、キリシタン迫害による隠れキリシタン(潜伏キリシタン)の苦悩と救いを象徴したものです」

↑フリーメーソン・ロッジの石柱
「この門は、松ヶ枝町47(旧小曽根町海岸通り47番)の住宅出入口の門です。柱頭の彫刻は、フリーメーソンのマークで石工(メーソン)の使ったコンパスと定規を組み合わせたものです。
使用された石材が開港初期に居留地で盛んに使われた天草石であり、1865年(慶応元年)頃、47番の借地人がイギリス人であったことから、当時イギリスから渡来したフリーメーソンの人々が最初に定着したこの地に彼らのロッジのシンボルとしてマークをかかげたものと思われます」

↑これですね。

↑旧リンガー住宅
「この家にはイギリス人フレデリック・リンガー(F. Ringer 1838~1907)一家が明治時代から昭和時代にかけて住んでいました。明治初期の居留地建築の代表的な姿がここに見られます。…中略…
中国茶の熟練検査官だったリンガーは1865年(慶応元年)に長崎入りして1868年(明治元年)11月、グラバー商会を退職してイギリス人E・Z・ホームと共同で大浦11半番地に「ホーム・リンガー商会」を設立しました。…中略…
ベルギー、スウェーデン、ノルウェー、デンマークなどの名誉領事にも就任して、長崎の国際交流に力を注ぎました。1907年(明治40年)イングランドのノーリッジへ一時帰郷中に死去。住宅はその後、ロンドンで教育を受けて1909年(同42年)に長崎に帰ってきた二男シドニーに受け継がれました。1965年(昭和40年)、シドニーは長崎市に売り渡し、英国で余生を送りました」

↑TEIKO(貞子)桜
「この桜は、ヨーロッパで活躍したオペラ歌手「喜波貞子」の遺品が、愛弟子のミレーユ・G・カペルさんから寄贈された記念に植えられました。
なお、この桜はイギリスで改良されて、日本に里帰りしたアーコレードという種類で、1年に春と秋に二度大輪の花を咲かせる珍しい桜です。この日を記念して世界さくら協会から送られました。2004年(平成16年)3月28日」

↑この日には、ちょっとだけ咲いていたんですよ。

↑こちらは旧リンガー住宅の居間です。

↑石の階段の上で眠りこけていて寒くないにゃ?

↑旧オルト住宅
「この家にはイギリス人ウィリアム・ジョン・オルト(William J.Alt 1840~1905)が1865(慶応元年)~1868(明治元年)の3年間住んでいました。石造円柱が列ぶベランダの中央に妻切屋根のポーチがあり軒高の堂々たる偉容を誇る幕末明治洋風建築の中でも出色の建築です。イギリス人の設計で日本人小山秀之進が施工したといわれています。…中略…
この由緒ある邸宅は1943(昭和18年)に川南工業に売却され、1970年(昭和45年)に長崎市が買い取りました」
パーゴラの緑は、国内最古最大級のモッコウバラだそうです。

↑旧スチイル記念学校
「この建物は、1887年(明治20年)に東山手9番地の旧英国領事館跡に建てられたスチイル記念学校の校舎です。スチイル記念学校は、当時アメリカのダッチ・レフォームド協会の外国伝導局長であったスチイル博士が、18歳で亡くなった息子のウィリアム・ヘンリーを記念するために寄贈した資金により開設された学校です。
以来、私立東山学院、私立中学東山学院、明治学院第二中学部東山学院と校名は改称されましたが、英語教育と特色のある学風で1932年(昭和7年)までの45年の歴史を長崎の教育史に刻みました。その後、長崎公教神学校、東陵中学校、海星学園校舎と変遷して1972年(昭和47年)に海星学園より保存のため長崎市が寄贈を受け、翌年現在地に移築し復元したものです。初代校長のアルバート・オルトマンス牧師が校舎の建設を指導しました」

↑西洋料理発祥の碑
「わが国西洋料理の歴史は16世紀中頃、ポルトガル船の来航に始まり、西洋料理の味と技は鎖国時代、唯一の開港地長崎のオランダ屋敷からもたらされた。
1800年代にいたり、横浜、神戸、函館などが開港され、次第に普及し、更に東京を中心に国内に大きく輪を広げ、日本人の食生活に融和され現代の隆盛となった。ここに西洋料理わが国発祥を記念しこの碑を建てる。1977年 社団法人全日本司厨士協会」
フライパンの形の碑なんて面白いですね。


↑旧グラバー住宅
「1859年(安政6年)、長い鎖国が終わりを告げ長崎・横浜・箱館(函館)の3港は世界に門を開きました。同時に諸外国の商人たちは大浦居留地の周辺に住居を構え貿易を営み始めます。
これら貿易商人の一人、英国スコットランド出身のトーマス・ブレーク・グラバー(T.B.Glover 1838~1911)の住居は、数多い洋風建築の中でも独特のバンガロー風洋式を持つ、現存する日本最古の木造洋風建築です。…中略…
トーマス・グラバーの息子、倉場富三郎とその妻ワカは、1939年(昭和14年)に三菱重工業株式会社長崎造船所(当時)に売却するまでこの家を自宅として利用していました。1957年(昭和27年)、三菱造船株式会社(三菱重工業株式会社から改称)長崎造船所開設100周年記念として長崎市に寄贈され、翌年から一般公開されました」

↑グラバー住宅には温室があって、グラバーが持ち込んだ蘭の子孫があるそうですよ。

↑キリンビール社のラベルの元になったという狛犬の彫刻。
キリンビール社の前身であるジャパン・ブルワリー・カンパニーの社長を勤めたグラバーの口ひげをもとにしたといわれているそう。
ざっと上から見てきて、グラバー住宅に来たところで16時半になり、そろそろ日が傾きかけていました。
帰ってから同僚に「(グラバー園は)狭かったでしょう?」といわれたんですが、狭いという印象はなかったですね。私としては建物を見るのは好きですし、もう少し時間があったらじっくり見たかったですしね、やはり興味があるか無いかで観光地の印象も変わるんでしょうね。
それにしても25日は火曜日だったのですが、修学旅行生が多くて、混み合っていました。建物の写真に人が入らないように撮るのは、ちょっと難儀しましたよ。これが土日だったらもっと混むのかしら。

↑ハートストーンもちゃんと2つ見つけましたよ。恋がかなうという伝説が……あってもしょうもないんですが(^^;)

↑自由亭でお茶にしました。

↑こちらはメニューです。

↑ケーキセットはアップルパイとダッチコーヒー、892円です。
ダッチコーヒーとは水出しコーヒーなんですが、24時間かけて水で一滴ずつ抽出されるとかで、とんがったところのない美味しいコーヒーでした。これはまた飲みに行きたい味でしたよ。
アップルパイも美味しかったですが、今、印象に残っているのはコーヒーの方ですね。これは甘いもの好きの私にしては珍しいかも(^^;)
自由亭を出て、グラバー園を出る頃には17時半になっていました。
少し早いけど夕食にすることにして、そのまま路面電車に乗って思案橋へ向かいました。
長崎といったら卓袱料理だけど、高いし要予約だし無理かしら、と思っていたのですが、ガイドブックに予約なしで行けて安いところが載っていたのでそこに行くことにしました。チェーン店でしょうけど、気楽に食べたいものね。

↑長崎卓袱 浜勝
あとで調べたらリンガーハットグループでした。でも安っぽい感じではないし(むしろ私には高級っぽい…高級店なんて行ったことないけど^^;)1階のテーブル席に案内されたんですが、隣の席とはさり気なく区切られているので落ち着いて食事ができました。
お料理は「卓袱ハタコース」1人5250円をお願いしました。丸いテーブルの上に乗せられているのかしら、と思っていたら、大皿がつぎつぎに運ばれてくるスタイルでしたよ。

↑まずはお吸い物。「おひれ」と呼ぶんだそうです。

↑お刺身と十六寸豆の密煮、奥の三品盛は海のもの、山のもの、里のものを盛り合わせた口取り。
十六寸豆の密煮が甘くて、二人分にはちょっと多くてね~(^^;)最後まで残ったけどなんとか完食しましたよ。

↑奥は焼き魚、手前は揚げ物で、パンにエビのすり身が挟んであって、サックリしてとっても美味しかったです。
後で調べたらハトシというんだそうですね。すり身がクリームソースみたいな感じでしたよ。

↑大鉢は季節の盛り合わせ。濃い味のものが多いのでホッとしました。

↑豚の角煮は最初、(厚さが)薄いよ~と思ったんですが(^^;)食べると味が濃い、甘い、柔らかい、美味い~で、これで十分満足しました。辛しをちょっとつけていただきました。

↑中華風のスープとご飯、お漬物が出て終わりです。お腹いっぱいで苦し~。

↑終わりと思いきや、デザートです。奥にあるのはゼリーなのですが、何のゼリーだか忘れました。たしかブドウでしたっけ?
手前は白玉入りおしるこです。お料理の甘いものはすごく甘くて、それはそれで美味しかったのですが、十六寸豆の密煮とか食べきるのはしんどかったんですよ。で、そこへ最後に極甘のおしるこ……甘いもの好きの私は、きっちり食べましたとも!(^^;)
「……当時長崎だけに容易に手に入った砂糖をふんだんに使用した事が現在までの卓袱料理の特徴になっています」と浜勝さんでいただいた説明書きにありました。だから甘いのね~。
こういう特徴って、実際に行ってみないと分からないものですね。美味しかったし、お店の雰囲気も接客も良かったし、行って良かったです(*´∇`*)
食事が終わる頃は19時半になっていました。入店したのが18時だったから1時間半で済んだのね。
それからちょっとブラブラして、この日は早くに休みました。ベットに入ったらいつの間にやら寝ていたんですよね。ちょっとくらいテレビでも見ていようと思ったのに……。
さすがに旅行も3日目となると疲れるのね~。というところで、つづきます。







































































































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